起業や独立のきっかけは?
私が独立したのは、もう20何年も前、平成9年ですね。当時42か43歳だったかな。その頃勤めていた会社が、直轄の作業班をなくそうという方針を打ち出したんです。私も含め、当時作業班に居たメンバーは下請けになるか辞めるか、という選択を当時迫られました。
ところが私は工事管理者として、直轄の作業計画までやっていましたからね。「車や道具も渡すので残ってくれ」と言われたので下請けになることにしました。それがきっかけで始めたわけですよ。
私としても、当時やりかけの仕事もありましたしね。でも時代の流れというか、そういう状況になったから独立しました。
独立してよかった事
独立を経験して良かったなと思うのは、人を育てられたことです。
一番人数がいたときは、19人か20人近くになりました。そのほとんどが、線路に関わる仕事の経験がない方だったんです。電気屋さんをやってた方もいたし、日産の修理工場で働いていた方もいたし、水道屋さんだった方もいました。
みんなゼロから教えて、1年で一人前にしたんですよ。今はもう、細かい指示を口に出さなくてもいいような状態、つまり高いレベルで作業ができる方ばかりに育ちました。この経験ができたのは本当に良かったなと思っています。
経営者になって大変だった事
独立直後は大変でしたね。特に苦労したのは、ちょうど「レールの重量が変わる」工事を抱えていたことです。
当時は、ある町まではレールが1メートルあたり50kgだったんだけど、その奥の町は60kgだったんですよ。ところが、60kgってことは、レールが重くなるから、それを止める「止め装置」も大きくなるんです。
先ほども伝えた通り、その時現場にいたのはみんな新人ばっかりで、誰も詳しい作業を知らないんですよ。レールを替えるだけなら、古い大きいのと新しい小さいのに取り替えればいいだけなんですが、止め装置まで替えるとなると大変でした。
あとは、ポイント(分岐器)も変わる。50kgのレール用のポイントが60kg用になっちゃうわけです。私はもともとポイントの整備や組み立てを専門でやっていましたから、技術的には問題なかったんですが、新しい社員を抱えて慣れない現場でやるのは大変でしたよ。

建設業で起業するメリット
建設業というより軌道工という業種に絞ってになりますが、枕木そばの寿命が50年と言われているのもあって仕事が切れないことです。
昔、木の枕木からコンクリートの枕木に変わった時に、「コンクリートの枕木は50年持つ」と言われたんですよ。それは私が22、23歳の頃の話です。それが今、ちょうど50年になっているわけです。
だから、今から本格的に交換が始まっていて、3年先までの仕事がある状態です。全国的に50年経っているところは多いですからね。もしかしたら枕木の作りがまた新しくなって、次は70年とか100年持つようになるかもしれないけど、今はまずこの50年周期の交換作業がずっと続くんですよ。これは、この業界の大きな強みですね。
独立を目指す人(若者)に一言
将来、自分で会社を立ち上げたいという夢を持っている若い人には、「重機」を極めてほしい。つまり機械による労働力の軽減が必須です。
ただ、機械を買ったとしても、操作が下手なら何にもならない。私たちは1ミリ、2ミリの仕事をするわけですから。だから、機械の操作とか含めて、自分がある程度できて下のものを育てる余力がある、というところまで技術と能力を身につけることが大事です。
私自身、若い頃はJRで「スキルフルオペレーター」という、何でもやるオペレーターの賞をもらっていました。関東地区で20人くらいしかいない賞ですよ。その技術は、若い人たちにも教えてあげられます。
うちの会社に入って、経験を積んで独立した後にはまず「ポイントならポイント、橋なら橋、これなら任せろ」という、一つ得意なものを持った方がいいと思います。
夢を見るのはいいことです、大変だけどね。うちに来たら、その大変さもそしてその先にある夢も教えられますよ。それにおススメのお店も近くに沢山あるから、沢山奢ります!(笑)